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「めぐり合わせ」で日本語教師に {富田睦子さん}

Posted by osanpoberlin on 12.2014 Interviews インタビュー   2 comments   0 trackback
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旧仮名遣いを教える富田さん

ベルリン市内の2つのギムナジウム(大学進学を目指す生徒が通う学校)で、日本語を教えている富田さん。ベルリンに来てから日本語教師になるまでの道のりや、仕事についてうかがいました。
******

デヴィッド・ボウイに憧れてベルリンへ
 富田さんが初めてベルリンにやって来たのは、1985年。それまでは、大学でドイツ文学を勉強し、卒業後は東京のカフェでバイトをしながら、ゲーテ・インスティテュートでドイツ語を勉強していました。

「デヴィッド・ボウイのファンで。アルバム『ヒーローズ』が好きで、ベルリンに住みたかったんです」

 当時のベルリンは、『ヒーローズ』や、映画『クリスチーネ・F』の世界そのままだったとか。世紀末の、退廃的な空気が流れていたそうです。
 富田さんが住んでいたのは、ベルリンの壁が開く前のクロイツベルク地区。バーやカフェが並ぶこのエリアへ毎晩のように出かけては、時代の空気を味わっていたのでした。
「もう毎日ベルリンに浸かっていて。このまま人生が終わってもいいと思いましたよ(笑)」

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「80年代のベルリンの雰囲気が好きでした」と、富田さん

日本人補習校の教師から、資格がないままギムナジウムへ
 ベルリン自由大学に入学した富田さんは、その1年後、ベルリンにある日本人補習校の募集を知ります。
 補習校とは、現地在住の日本人の子どもたちに、義務教育のほかに授業をするところ。ドイツにいながら日本語を勉強したい、日本の教育を受けたいという子どもたちが通う学校です。

 その補習校で、富田さんは週に1回、日本語と算数の授業を受け持つことになりました。教員資格を持っていなかった富田さんですが、当時は資格は不要でした。

 そして、補習校教師として働いていた1992年、日本語をギムナジウムの第3外国語にするプロジェクトが発足しました。
 しかし、そのためには日本語を教えられる教師が足りません。そこで、富田さんがギムナジウムで教えることになりました。
 その時点で、富田さんには教員資格はまだありませんでした。そのため、最初の2年間は授業をしながら、セミナーに通い、教員資格を取得したそうです。

 これはとても珍しいケース。92〜97年に存在していた日本語プロジェクトと、ベルリンでの富田さんの経歴が、うまくシンクロしたといえそうです。
 たぶんそれだけ、ベルリンとの縁が深かったのでしょう。海外在住が長い人には、そういう「めぐり合わせ」があると感じます。

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今日の授業は百人一首。札について説明します


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初めての百人一首。ちゃんと形になっています


有志生徒による日本体験旅行も企画
 ベルリンの公立学校の教師は、ベルリン市で採用されています。富田さんも同じです。
 教師の授業時間数は、契約によって多少異なりますが、フルタイムでは1週間に26時間の授業を行わなくてはなりません。

 しかし、日本語は第3外国語で授業数が少なく、日本語授業のあるギムナジウムはベルリン市内で4校だけ。1つのギムナジウムで教えているだけでは、週26時間に達しません。
 ですから、日本語授業を行っているギムナジウム同士で調整し、一人の日本語教師が週26時間授業できるように(またはその数に近づけるように)しているそうです。富田さんが2つのギムナジウムをかけ持ちしているのは、そのためです。

 ところでドイツでは、日本のように教師がクラブ活動の顧問をすることはありません。ギムナジウムでは、日本のクラブ活動に当たるものはありません。
そうした活動は、各人が地域のサッカークラブや各種同好会に入って行います。
 だから、教師は授業に集中します。これは、授業以外の仕事にも多くの時間を割く日本とは、大きく異なる点です。

 しかし富田さんは、休暇時期を利用して、有志の生徒たちと日本の学校を体験する旅行も行っています。
 これは課外授業ではなく、「日本のことを知ってほしい」という富田さんや、そのほかの日本人教師の願いから生まれたもの。昨年もドイツ人生徒たちと共に、日本を回ってきたそうです。

 ドイツから見たら、日本は遠い極東の国です。でも、言葉を学び、異なる文化や価値観に触れることで、その距離はぐっと縮まるでしょう。
 日本でベルリンを夢見ていた富田さんは、いまベルリンの学校で、日本とドイツのかけ橋となっています。富田さんがベルリンへ来たように、今度は生徒たちが日本へ飛び立っていくかもしれません。
(text and photo_Yuki Kubota)


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初めまして、こんにちは。
ドイツで日本語教師が出来たらいいなぁと思って色々検索して、こちらに来ました。
参考にさせていただきます。
ありがとうございました。
2015.03.15 12:00 | URL | 山本 #yNXHjktk [edit]
山本さん、初めまして。
海外で日本語教師を目指したいという方は、けっこういらっしゃると思います。
日本語教師になるまでの道のりは、様々なケースがあるそうなので、一つの情報としてご参考になればうれしいです。
(yuki kubota)

> 初めまして、こんにちは。
> ドイツで日本語教師が出来たらいいなぁと思って色々検索して、こちらに来ました。
> 参考にさせていただきます。
> ありがとうございました。
2015.03.17 14:13 | URL | osanpoberlin #- [edit]


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